「思ったこと」特別編


〜富山に「現代の路面電車」を見た〜

 路面電車復権が言われるようになってからどれ位の月日が流れただろう。
 確かに、最近の路面電車は変わりつつある。国内各地に超低床・連接タイプの新型車が導入され、どれもデザイン的にも機能的にも優れたものになっていて今までの「ちんちんでんしゃ」のイメージから脱皮しつつある。まぁ、この辺りはいずれは訪れると思っていた現象だ。
 それとは別に、地方都市を中心に新しく路面電車を敷こうという議論が活発になっている。欧米を中心に新世代の路面鉄道(ユーロトラム)が成功し、市街地への交通規制と合わせて交通渋滞を防止して街の発展につながった再生例に刺激されたのだろうか。一昨年にはフランスからゴムタイヤ式トラム「トランスロール」が輸入されて大阪府堺市の実験線で性能試験が行われるなど、具体的な動きも一部では見られる。しかし、まだ議論ばかりが先行している状態から抜けきれず、なかなか路面電車の新事業者や新路線が現れないままであった。
 そんな状況だった昨年、ついに路面電車の新路線に名乗りを挙げて開業にこぎつけた路線がある。
 国鉄→JR西日本富山港線を全面的に作り直し、ターミナル位置を変更して新たな併用軌道区間を走行して富山駅北口に乗り入れるようにした在来鉄道の焼き直し路線ではあるが、今までの市街鉄道には無かった様々なアイデアや工夫が盛り込まれた。
 その鉄道の名を「富山ライトレール」という。
 私はこの夏、北陸方面への旅行を組んでこの富山ライトレールを旅程に組み入れた。その時に感じたことなどをここに書いていきたい。


大阪府堺市で実験中のゴムタイヤ式トラム「トランスロール」…日本で見られる本物のユーロトラムだ

 富山の街に着いたのは8月の西日が照りつける午後5時頃、ホテルに荷物を置いてからライトレールに乗るべく街へ出たのが17時半過ぎであった。ホテルは富山市街の西町付近なのでライトレールの起点である富山駅へ行くには富山市内を走るもうひとつの路面電車、富山地方鉄道市内線に乗ることになる。この電車に揺られること10分程度で富山駅に到着し、私は富山駅をくぐる長い地下道を歩いて富山駅北口へ向かった。
 富山駅北口の駅前広場に上がると、JR駅の真ん前にライトレールのホームがあった、ホーム上にはたくさんの人々が行列を作って電車を今や遅しと待ち続けている。いきなり元気な光景を見せられたが、考えてみれば平日とは言え夏休みの夕方、街へ繰り出した人々が帰宅する時間だから混雑するのも当然といえば当然だ。今度の電車は18時ちょうどと表示されている、ホームで待つ人の携帯テレビから暑苦しい甲子園の2回戦の歓声が聞こえている。この時間でまだ第三試合と見ている人から聞いて驚いた。
 なんてやっていると交差点の向こうから真新しい流線型の路面電車がやってきた。どことなくユーモラスで愛嬌のある顔つきはよく言えば欧風で洒落ていていいが、悪く言えば欧米で成功している新世代路面電車のコピーである。ただ欧米の最新世代の路面電車のデザインが洗練されていて、美しく飽きの来ない上に実用的であることは否めない事実だ、私は一昨年に仕事で前述の「トランスロール」を見て乗る機会に恵まれたが、フランス生まれのその車両の美しさに感動した。


ライトレールがやってきた、欧風の洗練された電車である。

 早速乗り込んで周りを見ようと思ったが夕ラッシュの混雑でそれどころではなく、私と一緒に来ている娘との二人分の座席を確保するだけで精一杯。車内は立ち客も多くかなりの盛況ぶりである。ただ混雑している車内を見渡して気が付いたが、立ち客のことをよく考えたつくりになっているのである。車内はつかみ棒が多く、さらに人が寄りかかられる簡易座席のようなスペースまで用意されている。私が座った座席についてだが、ちょっと堅めで短時間の乗車にはちょうど良い位だと感じた。前出のトランスロールの座席はかなり堅い(だがゴムタイヤのフワフワした乗り心地とのセットならちょうど良いと思った)し、我が家の近所を走る多摩モノレールは座席を改造する前は柔らかすぎのシートに戸惑った記憶がある(現在は全車やや堅めのシートに改造された)。特急電車でもないしグリーン車でもないから座席の座り心地にこだわる必要も無かろうが、往復で1時間の連続乗車となればやっぱ気になる。
 そのうちに発車時刻となって電車は独特の唸り声を上げて静かに走り出した。モノレールのような鋭い加速でもなく、軌道も新しいせいか揺れもほとんど無い。路面電車というと先ほど出てきた富山市内線もそうだが、レールの継ぎ目のたびにがたんがたんと右へ左へ大きく揺られる印象が強かったので、これは意外だった。また加速の緩やかさは普段モノレールに乗っているせいで感覚がおかしいのもあるだろうし、トランスロールに乗ったときはモノレール以上の加速力に驚いた。こんな経験もあってか少々物足りない走りのようにも感じた。ただしそれは併用軌道を走っている間だけなのだが…。
 電車は富山市街をのんびり走り、交差点をいくつか曲がって道路と一緒に川を渡ったりもした。そんな道路の上の旅を数分楽しむと、左に大きくカーブをして道路からはずれた、ここからはかつてのJR富山港線だった区間である。
 併用軌道と旧JR区間の専用軌道の切り替わりの駅が奥田中学校前。この駅を出ると今までの緩やかな走りは一転、電車はぐんぐん加速して60km/h程度の速度で走るようになる。この速度は普通の電車なら速いと感じる速度ではないが、いま乗っている車両は超低床の次世代路面電車である、目線は道路であればワゴン車とそう変わらない。ワゴン車が狭い路地で60km/hも出せば速いと感じるだろう、それと同じ現象でこの速度がかなりの高速度に感じる。


かつてJR富山港線だった区間、軌道は良く整備され路面電車も高速で飛ばす。

 電車は駅に着くたびに満載の人々を少しずつ下ろしてゆく、少しずつ混雑から解放され、車内には空席も目立つようになる。単線のため2〜3駅走ると反対方向の電車を待つためにしばらく停車という走り方である。こういうところが都市部でもローカル線みたいな風情があっていいと思うのは沿線住民でない客の勝手な感想だろう。そういえば我々の他はみんな地元客のようだ、一組だけ富山北口と終点の岩瀬浜で同じ車の送迎を受けていた家族連れがあったが。


しばらく進むと反対方向の電車とすれ違う

 やがて電車は富山港の風情を眺めるようになり、終点の岩瀬浜に到着した。下車してみたものの日没が近い時間で特に見るところもなく、娘が電車を気に入って早くまた乗りたいというのでそのまま同じ電車ですぐ折り返すことにした。帰りの車内はガラガラで、この電車をじっくり観察することが出来た。


大きな窓から富山港の風情が

 客室を眺めると窓が大きく明るくて開放的な車内であるのが印象的である。これはトランスロールに乗った時も同じ事を感じた、ただトランスロールは窓の大きさが桁違いでかなり下の方まで窓で下方死角が全くないと錯覚するほどである。富山ライトレールの電車はそこまではないが、上方向に窓が開けていてこれがスピード感にもつながっているような気がする。ただ車内は走り装置の出っ張りが多くて設計の苦労が伺える。


電車内の様子 窓が大きく開放感があるが出っ張りがおおすぎ…

 続いて運転席を覗いてみる。運転席も先進的で、グラスコックピットにはなっていないものの車内外死角の様子を映し出すモニター画面が目立ち、アナログスピードメータを囲うように存在する様々なボタン類が賑やかだ。最近の鉄道車両の運転台はスイッチ類は最小限となり、それもひとつの場所に集約する設計が多いためこの車両の運転台は新鮮な印象を受けた。ただ車両の走行を司るマスコン心ドルやブレーキハンドルが見あたらない…と思ったらマスコンとブレーキは運転士の右手に握られている小さなレバーがそれのようで、テレビゲームのジョイスティックを縦配置したような小さいものだった。そういえば先のトランスロールの場合、マスコンとブレーキという鉄道車両の運転に常識的な装備は運転台から姿を消して自動車のように足でアクセルペダルとブレーキペダルを操作するタイプで運転台は様々な画面を表示できる複数の液晶パネルとボタン類だけという非常にシンプルなものだった。ブレーキが空気機械式から電気指令式となったためにかつてのような大きなブレーキハンドルは必要なくなったのだろう、そしてワンハンドルマスコン化となり、それをさらに進めて路面運転で必要な機敏で微妙な操作のため、富山ライトレールでは小さなスティックを指先で操作する構造を取り、トランスロールは自動車同様の足での操作を選んだのだろう。一般の鉄道車両でもハンドルの小型化までは進んでいるが、まだハンドルの概念からは脱しておらず、このようなスティックへの変化を見てちょっと感動した。


ライトレールの運転台 煌びやかな液晶パネルがまぶしい

 路面電車、というと私が小さい頃は縁遠いものであった。東京都練馬区で育った私には身近なところに路面電車など無く、都電や東急世田谷線ですら沿線に親類がいるわけでもないので乗る用事は皆無だった。小学5年か6年頃の冬休みにもらったお年玉を使って、都電と世田谷線に相次いで乗りに行ったのが私にとっての路面電車初体験である。独特の釣り掛けモーター音と重いジョイント音、乗り慣れた西武線とかけ離れたその世界だが、私は都電はあまり気に入らなかったようだが世田谷線はけっこう気に入り、その後小田急線や東急線沿線に出かけるときにわざわざ回り道して乗ったりした。
 中学1年の冬には横浜市電保存館という博物館を訪れた。そこに保存されている車両を見て路面電車が街中を走り回る光景というのを想像してみるのが好きだった。
 私が本格的に路面電車に興味を持ち始めるのは、その中学生頃にテレビ東京で放映されていた「たのしい乗り物百科」という番組がきっかけである。毎日たった5分間であるが、世界中から様々な乗り物が番組内で紹介され、鉄道少年の心を鷲掴みにしていた。その番組で紹介された京阪京津線と広島電鉄が私を路面電車の世界に引きずり込んだ。だが当時の小遣いでは東京から出て路面電車が元気な街へ行けるわけもなく、その代わりに江ノ電に乗りに行って心を満たすという状況だった。その江ノ電にある僅かな併用軌道区間で、家々の軒先を掠めるように電車で走るのが好きだった。
 高校へ上がり、あっちこっち旅行で回るようになると路面電車にも出会うようになる。最初に関東地方以外の路面電車に乗ったのは函館市電である。町中の通りをガラガラと音を上げて走る電車は市民の足かと期待したら、いつ乗ってもガラガラでなんかがっかりした記憶もある。その思いの通りその後函館市電は路線が削減され、今は2系統しかないのは寂しい限りである。同時期に札幌市電も完走しているがこたらはなぜか印象が薄い。
 高校を卒業する間際の旅ではじめて九州の地を踏んだ、そこで乗った長崎電軌に衝撃を受けた、1回100円という安い運賃にも驚いたが、函館の寂しさとは違い路面電車が市内交通の主役として君臨している街の姿を見たのである。電車はいつも混雑し、車内が賑やかなのが嬉しかった。同じ年の夏にはじめて広島への旅を企画し、この往路に京阪京津線を組み入れたことによってやっと私を路面電車に振り向かせた京阪京津線と広島電鉄の双方に乗ることが出来た。京津線では急勾配をスイスイと上っていく電車の走りに感動し、広島ではやっぱり元気な路面電車の世界に感動した。
 その後、旅先でいろいろな路面電車に出会うがどこへ行っても電車が古いのに気付く。新しい車両はあるにはあるのだが、なかなかこれに当たらない上、新車かと思ってみたら新しいのは車体だけで聞こえてくる走行音は旧式の釣り掛け音だって経験も何度もある。出てくる新型車も似たようなもんで、あっちこっち回っているうちに路面電車に新鮮味を感じなくなってきてしまった。いつしか旅先で好んで路面電車に乗るということをしなくなり、旅が鉄道主体から自動車での国道走りに変わってきたこともあって、京阪京津線廃止後のここ10年ばかりは路面電車からまた離れてしまった。
 仕事でトランスロールというユーロトラムに触れたことが、私が再び路面電車に乗ろうという気持ちが再燃したきっかけとなった(実は路面電車に関わる仕事は他にもう一件あったのだが)。その筋で調べると路面電車を取り巻く環境が変化し、様々な新タイプの電車が各地に登場していることが分かった。そこへの富山ライトレールの開業、普通の鉄道を線路付け替えまでして路面電車にしてしまったのもショックだったが、今回乗ってみてのショックは大きかった。
 駅や電停の構造からデザイン、車両の作りや線路の配置、何から何まで他で見たことがない全く新しい路面電車だったのである。そしてその賑わい…路面電車に新しい時代が来たことを感じさせるに十分であった。
 またいろんなサービスに挑戦しているのも軽いショックであった、首都圏ではJRと私鉄が共通化して使い勝手が格段に上がって一気に大衆化したICカード乗車券システムも当然のように導入されている。そして主要駅から出ている接続バス、街を挙げてこの路面電車を育てようという意気込みを感じたものだ。
 これからもこんな路面電車が増えるのならば乗りに行ってみたい、そう思った。確かに路面電車は今変わっている。
 でもこの新世代路面電車である富山ライトレールにも、昔ながらの路面電車と同じ点があった。それはやっぱり「ちんちん電車」なんだなってこと。どういう事かというと、乗客が降車ボタンを押すと昔ながらの「チンチン」という次駅停車合図ベルの音が鳴るのである。そういうところだけ旧態のまま残す富山ライトレールにある意味感心した、新しいものではあるが伝統を忘れない、そんな感覚的なものを感じたのである。


併用軌道を行く

 そうこうしているとまた電車は富山市街の併用軌道に出ていた。車をかき分けながら市内をノロノロと進む。ちょっと変わった舗装区間があったのでちょっと写真をあげてみると


軌道内に芝が…

 ご覧のように軌道内に芝が敷かれている併用軌道があるのだ。これならは明らかにアスファルトの道路と違うから車も入って来づらいし、なによりもヒートアイランド現象による都市部の気温上昇が激しい昨今、ヒートアイランド現象防止に多少なりとも役立つだろう。こんな新しい試みを眺めていると、富山駅に戻ってきた。私はまた乗りに来ようと思いつつ、ライトレールの小さな電車と後ろ髪を引かれる思いをしながら駅北口を後にして南口への地下道を歩いていった。
 こんど来るときはもっと元気な路面電車になっているといいな。


富山北口到着 美しい電車だね


また会いに来るからね

 富山の鉄道といえば北陸本線を思う人は多い。でも富山という都市は、地方都市としては珍しく私鉄が元気な街でもある。
 私が富山で一番逢いたい電車は、富山地方鉄道で第二の人生を歩むかつての西武鉄道レッドアロー号である。この車両は1999年夏に富山を訪れたときに乗車した。しかし、今回は時間に余裕がなく乗れる時間が取れるか分からない。とりあえず電鉄富山駅でホームを覗いてみた。するとそこにはかつてのレッドアロー号の姿があった。小学生低学年時代の私がもっとも憧れ、自転車で線路際まで行って眺めていたあの姿、その頃の私と同じ位の年齢になった娘に見せるだけでもと思っていたら偶然にも実現した。しかし、時間的にもう小学生低学年の子供を連れ回す時間の限界も近づいているし、何よりも夕食を食べさせなきゃならない…ということで断念した。でも今思えばレッドアローは立山線普通列車だったから、来れに乗って南富山まで行き、南富山で夕食を探してから市内線で帰ればよかったんだよな…なんでこんな事に気付かなかったんだろ?
 レッドアローに再開の約束を心の中でしてから、電鉄富山駅を後にした。


私にとって富山で一番逢いたい電車はこのレッドアロー号

 娘と夕食を取り、帰りも富山地鉄市内線に乗る。帰りは昔ながらの電車でなくて新タイプの電車が来たが、ライトレールと違いステップを「よいこらしょっ」という感じで登らねばならない点は昔ながらの電車と同じである。電車は軽やかなVVVFインバータ音を上げながら富山の市内を走る。
 富山にあるふたつの路面電車、それぞれ見せる「顔」は全く違う。昔ながらの富山地鉄市内線と今どきのスタイルであるライトレール。このふたつの路面電車がこれからどう成長していくのか楽しみでもあり不安でもある。最近は地方の過疎化がさらに進み、地方の鉄道・軌道会社はどこも厳しい状況で、都市部を通らない鉄道の廃止が相次いでいるのは鉄道好きとしては寂しい限りだ。
 こんな逆風の中、富山ライトレールの誕生は鉄道そのものの復権となるか、今はその戦いの真っ最中で結論を出すには早いだろう。
 富山ライトレールだけでなく、富山の鉄道・軌道の将来は、日本中の地方の鉄道の将来そのものとなるだろう。富山ライトレールには是非とも成功して頂き、似たような鉄道が各地に誕生して息を吹き返すことを願ってやまない。
 そう思いながら市内線の電車を降り、ホテルに向かった。


完全に日も暮れた夜の市内線の旅をもって今回の富山ライトレール廻りは終わった

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